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January 20, 2005

ニッポンを斬る15 国民投票権は義務教育終了者全員に与えよ

憲法改正問題が俎上に上って久しいが、ようやくその手続きを定める国民投票法案が検討されてきた。
この法を制定すること自体の必要性については全く異存がある訳でなく、むしろ法案自体に反対する人の真意が理解できない。憲法が民主的な手続きで制定されるという性格のものであるとすれば、その改正の手続きについても民主的な手法で定めることは理の当然であり、それが「国民投票法」というものなのである。言い換えれば、手続きを定めておくことと実際に改正を行うということは別次元の問題なのである。
問題はその中身である。報道によると、その要旨として、
・国民投票は発議日から起算し30日以後90日以内の内閣が決めた日に実施。
・投票権者は国政選挙権を有するもの。
・改憲の賛否を表示する記号を自ら記載。
・国民投票で賛成投票が、有効投票総数の2分の1を超えた場合は国民の承認があったとする。
・国民投票の投票管理者や中央選挙管理会委員らは国民投票運動ができない。
・投票結果を予想する投票の経過、結果の公表禁止。
などがあげられている。
憲法96条後段の規定との整合性から難しいのかもしれないが、小生はあえて、投票権者は義務教育終了者とすべしと主張したい。なぜなら、「憲法改正」という問題は、国の礎に関わる重要な問題である。こうした重要な問題をきちんと認識し、何が必要かを自分の頭で考えるということをきちんと教え込むのが教育である筈である。従って、少なくともその能力が身につくまで教育を絶やしてはならない訳でその完結点こそが「義務教育」の終了ということでなければならない筈である。従って、義務教育終了時点において各自は国の礎についての最低限の判断能力を有していることとなるので、その意思表示を求めることは何ら支障がない。
逆に義務教育がその機能を果たしていないのだとすれば、義務教育のあり方(内容、年限を含めて)を考え直さなければならないのではないだろうか。
この国に生まれて、この国をどう支えていくかという気概を醸成できなければ、それは教育という名に値しないと思う。
(余談であるが、韓国や中国の若者を見ていると、国の礎に関ししっかりと教育されているという印象を受ける。)

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Comments

『民主的』とは明治以来よく使われる言葉だが、日本の風土に根ざした日本人の特異な気質に沿った自然なしくみでなければ『民主』の民が差す内容は日本の民ではなくその制度を始めた国の民でしかない。

Posted by: ショ・ミン | April 24, 2005 at 01:27 PM

コメントありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

Posted by: 雲國 齊 | April 28, 2005 at 02:46 AM

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