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April 28, 2006

賭博経済学入門(1)ヒトはなぜギャンブルにのめりこむか

一般にヒトの経済活動は、投資(あるいは費用)に対する回収効果のあることを前提としており、通常明らかに費用対効果のないものに対しては投資しない筈である。
ところが、当初から控除率が設定されており、明らかに費用対効果のない筈のギャンブルは多くの人が喜々として参加している。
この現象は、通常の経済理論で説明することは困難であり、このため近年勢いを増しているゲーム理論等において、例えば期待効用理論のような考え方が台頭してきている。
この考え方は、 Wikipedia によると、ベルヌーイの定理で知られるベルヌーイが1738年に、「リスクの測定に関する新しい理論」という論文において、『歪みのないコインを表が出るまで投げ続ける、というゲームを想定する。表が初めて出るときが第1回目なら2ルーブリ、第2回目ならば4ルーブリ、第3回目ならば8ルーブリ…というふうに賞金は幾何級数的に増大する、と仮定せよ。ただし、ゲーム参加料は100万ルーブリである。果たしてこのゲームに参加することで、利益を得られると期待できるだろうか。』との問に関して、このゲームにおける利得の期待値は無限大となり、参加料の100万ルーブリを上回る。したがって「ゲームに参加すべし」という結論が出てしまう(サンクト・ペテルブルクのパラドックス)ことへの解決策として、「ごくわずかな富の増加から得られる満足度(効用)はそれまで保有していた材の数量に反比例する」という理論を考え出したことが嚆矢のようである。
すなわち、このゲームにおいて、人が「利益」として勘定に入れるべきなのは、各賞金額の期待値を総計することではなくて、各賞金額から得られる「効用」の期待値を総計することであり、所得がどの段階からスタートするかによって、その価値が異なるということのようである。この理論はその後ノイマン、モルゲンシュテルンらによって、体系化された。
しかしながら、経済学には全くの素人である小生をもってしても、この理論はゲームへの「参加動機」についての理論的説明とはなりえても、例えば、競馬に「のめりこむ」現象について十分説明できるとは言えないような気がする。
そこで、新たに仮説として提示したいのが、「キルトクール理論(仮称)」である。
これは、「多少の戦略性に依存するゲームに参入し続ける場合、その効用の追求(すなわち、富の増加から得られる満足度を求める行為)のみならず、戦略過程における重要な意思決定の錯誤(すなわち「キルトクール」)への悔悟がその行為を助長する。」というものである。
分かりやすく言えば、馬券が的中したことによる快感が競馬を続けるモチベーションになるのは当然であるが、的中しなかった場合も「あれを買っとけばよかった」と思うことは多い(そうした声は穴場でよく耳にする)。それが糧となってまたやってしまうのである。従って、単に的中だけでなく、不的中でも一種の「満足度」が生じるのである。
機会をみて、仮説の検証作業にとりかかってみたい。

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Comments

な、なるほど、、、、

ひ、一粒で2度美味しいってことですか?


とりあえず学会に報告しましょw

Posted by: ひろく~ん。。。 | April 29, 2006 at 09:21 AM

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