雲國齊世録(31)「甘え」の構造
国立大の交付金削減
国立大に国から出される交付金が年々削減される一方で、競争的な研究費は年々増額されている。このことに対し、研究主体でなく、「教育」主体の大学人から異議が出されているようだ。その論調は「教育」主体の大学は「退場」するしかないということのようだ。
しかし教育に関するコストは授業料という形で学生から取ればよいはずで、異議を唱えるならば授業料の設定が自由にならないことに対し意見を言うべきだろう。授業では賄いきれない部分を単に税金に求めることは納税者の理解を得ないと行い難いのではないだろうか。大学人が言うように「教育」に効果があるのならば教育の恩恵を受け、社会で活躍している人たちからの寄付金で賄うことも考えられるのではないだろうか。卒業生が金を出す気も起こさないような教育であるとするならば、その教育に効果がなかったと判断でき、まさに「退場」していただくしかないのではないだろうか。
三セク
いわゆる「三セク」の隠れ借金が話題になっているようだ。そもそも三セクとは、官の公平性と民の効率性という両者の良さを取り入れて運営することを目的としている筈であるが、実際は両者の悪さが取り入れられていることの方が多い存在のようだ。それにしても、数千億の借金というのは凄い。
しょうもない三セクは解体の道を辿るしかないんだろう。
建設業界の体質
談合問題でいろいろ世間を騒がせている建設業界であるが、それ以上にひどいのは「やりたくないことはやらない」という体質のようだ。その業界の人と仕事の打ち合わせをしている時に、「こうしてくれ」と言うと急に切れて帰ってしまった担当者もいたという話まで聞く。ただでさえこの業界の就業人口は世界的に見ても多いと言われているんだから、ユーザーの意向を尊重するような姿勢が必要なのではないだろうか。













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