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September 30, 2010

尖閣問題と正義 サンダル教授の発熱教室(2)

 前回は、政治家の判断が個人的愛憎関係で左右されることが正義がどうかについて議論した。

今回は、日中間で問題になっている尖閣諸島の領有権について考えてみることとしよう。
尖閣諸島は日中双方が領有権を主張しているのは事実だ。しかし、日本政府の基本姿勢は「尖閣諸島は日本国固有の領土なんだから、領有権問題はそもそも存在しない」というものである。諸君は事実と日本国民が拠って立つべき主張に相違があることに違和感を感じるかもしれない。

ちょっと視点を変えて考えてみよう。今諸君が座っている席がある。そこにほかの学生が来て「その席は自分の席だからどいてくれ」と言ったとしよう。さて、諸君はどうする?

おっと。大勢の手があがったね。ではそこの黄色い服を着ているキミ。名前は?
「マエハラです。ここはすでに私が座っているので他の席に行ってくれと断ります。」

なるほど。そう言う前にやるべきことはないかな?
「はい。たとえば、カバンが置いてあったり、その人の席である証拠があれば、どきます。というよりそういう席には座りません。」

マエハラ君。なかなか良いことを言ったね。キミは、誰も座っていない席であることを確認してから席についた。したがって、キミがその席に座っていることについて争いがないことを自認している。したがって、他人がどいてくれと言っても「他の席に行ってくれ」と堂々と主張することができる。この考え方、キミの主張は正義だと思うかね。
「はい。そう思います。」

よろしい。では、キミが座ろうとした席にすでに他人が確保した証拠がある時は座らない。これについてはどうだろうか?
「はい。証拠というものが相手の一方的な主張ではなく、自分が納得できるものであれば引き下がります。」

宜しい。このたとえ話で、尖閣諸島をめぐる日本政府の主張とそれが日本政府にとって正義であるかどうかということは自明だと思う。一方、相手が別の主張をしてくるときに、相手方が自分たちの主張を正義と受け取るかどうかは別問題だ。ここに、「外交」というパワーゲームが介在する余地がある。その事については改めて考えてみることにしよう。

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