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October 14, 2010

ノーベル平和賞と正義 サンダル教授の発熱教室(3)

 前回は、尖閣諸島の問題を教材に、正義は立場によって相違があり、そこに「外交」というパワーゲームが介在する余地があることについて学んだ。今回は、中国の民主活動家劉暁波氏にノーベル平和賞が授与されることを契機にパワーゲームと正義について考えてみよう。
 まず、劉氏にノーベル賞を授与した選考委員会の判断は「平和」という視点から正義だと思うかね? おっと沢山手があがったね。ではそこの黒い服をきたキミ、名前は?

「マエハラです。選考委員会の判断は極めて政治的であって『平和』という視点からはかけ離れているように思います。」
よろしい。

他に意見は? では青い服をきたキミ。
「イシハラです。劉氏は一貫して民主主義と人権を追求していました。そういう意味で平和賞にふさわしい人選であったと思います。」

イシハラ君。ではキミに一つ質問するが、もし授賞者が劉氏ではなく、『ロシアへの人道的援助で平和に貢献した』ということでスズキムネオ氏だったとしたら、キミはどう思うかね?

「スズキムネオ氏は、裁判で有罪になった人です。犯罪者の授賞は好ましくありません。」

イシハラ君。今のキミの指摘は重要なポイントをついている。今まさに劉氏は犯罪者ということで獄中にいる。そうすると、キミの最初の意見と矛盾する結果になりはしないかね?

「・・・・」

ちょっと難しい質問だったようなので、聞き方を変えよう。キミは、犯罪者の授賞は好ましくないという中国の主張を一般論として理解できるかね?

「勿論。一般論としてはその通りです。しかし、劉氏は政治犯として投獄されているわけで、その場合通常の犯罪者と同一視できません。」

なるほど。その通りだ。我々の社会常識は、政治犯として許容できないのは異なる思想を有する者を暴力的に抹殺しようとする輩、すなわちテロリストだけであって、言論的方法によって変革を志そうとする者に対しては発言の自由を与えるべきというものだ。しかし、そう考えない国家もあるということを認識しておく必要はある。
もちろんのこと、今回の選考委員会の決定が正義かどうがは一義的に決めることはできない。発想の異なる国・人々に対し我々はどのように接するべきかその点については改めて考えることとしよう。

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