January 14, 2008
August 21, 2007
交通の話題 雲國齊世録(60)
いいかげんにせい! JR東海
先日久々に東海道新幹線に乗ったが、ちゃんと自動改札で切符を入れているのに、列車に乗るとまた検札に来る。こんなもん、自動改札と車内情報を連動させる仕組みを導入すれば(JR東日本は導入済と聞く)いちいち乗客を煩わせることはないと思うのだが、流石は名古屋の田舎会社だけあって、対応が古いということだろうか。
まぁ、どうでも良いことかもしれないが、こういうことは誰から言い続けないと変わらないのでこれからも主張することとしたい。
あまり、東海道新幹線に乗らない理由は、検札云々よりも、禁煙車であってもタバコ臭いことが大きいのであるが、こうしたタバコ対策への取り組みも東日本に比べ鈍い感じだったが、禁煙車が前より増えたようなので、車内のタバコ臭さは無くなった印象があり、この点は評価しておきたい。
中華航空ガソリン漏れ事件
那覇空港で着陸直後の中華航空機がガソリン漏れを起こし、大爆発した事件は凄惨であったが、乗員・乗客が無事だったのは幸いであった。原因はこれから調査が進められることになるだろうが、評論家の言によると通常考えにくい状況だそうだ。
駅バリアフリー進まず
駅のバリアフリー化がなかなか進まないそうである。国土交通省の調べによると37%が基準不適合とのことで、特に段差解消が課題のようだ。あと3年で100%達成が目標とのことだが、本当に達成できるんだろうか。
以前松葉杖生活をした身(現在でも、歩行は万全ではないが)としては、一日も早くバリアフリー化を進めてほしいと思っている。
July 23, 2007
ハワイ島旅記録
「Big Island」と呼ばれるハワイ島を旅してきました。

ホノルルから島専用の小さい飛行機に乗り換え、コナへ。
コックピットも開いてたりして結構のんびりした雰囲気。
到着したコナ空港も近代的というよりは、いかにもリゾート地の空港といったのどかな感じ。
公共交通が発達していないので、空港からの足が心配だったが、空港の外ではタクシーが客待ちしており、街中までいくことができた。
ガイドブックによく掲載されているが、地元の人もよく利用するという「ビッグアイランドグリル」の食事は、ボリューム満点。
とても1回で食べきれるものではなく、「To Go」と言って、容れ物を貰い、残りはホテルにもって帰った。地元の人も結構To Goしていた。
ほかに、アリーサンセットプラザにある「寿司しおの」の寿司や天ぷらもかなり美味しい。
島めぐりツアーに参加して、その途中で立ち寄ったプリンス系の豪華ホテル。とてもこんな高そうなホテルには泊まれないが、結構町から外れたところにあって、どこか行くには不便な印象を受けた。
東側のヒロの町にある「ビッグアイランドキャンディーズ」の工場。
チョコやクッキーの試食販売をしている。
ここだけしか売っていないという宣伝文句に騙されてつい買ってしまった。

キラウエア火山から海に流れる溶岩流の跡。
道路も寸断されており、その激しさを物語っているが、そんなものも観光資源にしてしまう商魂の逞しさには脱帽か。

溶岩トンネルなるものも自然現象としておき、その中はひんやりして涼しかった。
昔は天然の保冷倉庫として使っていたらしい。

コナの沖には四島めぐりのクルーズ船が停泊している。港の深さが足りないらしく、このように沖に留まって、港へははしけで連絡している。港には、オプショナルツアーのバスやバンが止まり結構賑わっていた。

やはり、「コナ・サンセット」はいい感じ。
全体として、オアフ島と違ってのんびりしているが、公共交通が少ないので、レンタカーでもあれば別だが、リゾートホテルに泊まったりすると結構厳しいのでは。
June 19, 2007
ソウル素描 雲國齊世録(45)
金浦空港内のスーパー
羽田から行く便は国際線用の仁川でなく、国内用の金浦空港に到着する。今は金浦-仁川間の鉄道も開通し、かなり便利になったが、それでも市内の金浦は便利。空港内にEマートというスーパーがあるのが良い。ここで、滞在に必要な小物やみやげ物を買うことができる。帰りは開店時間の少し前に行ったので、オープンまで少し待ったが、その間、待っている客用にお茶とクロワッサンが出された。このようなサービスは日本ではないだろう。空港は軍事施設ということで写真を取れなかったのは残念だった。
地下鉄あれこれ

市内でもいろいろ建設が続いているようで、韓国の成長は続いている印象を受けた。地下鉄は原則車と同じ右側通行だが、一部の路線では日本と同じ左側通行となる。これは国鉄が日本統治時代のインフラを使っているので、止むを得ない措置のようだ。ソウル競馬場に行く4号線は、途中で電気が消える区間があり、ここで右側から左側に切り替わる。地下鉄の中で日本と違うのは、物売りの人がCDやストッキングなどを売ったり、チラシを車内に貼ったり、物乞いする人がいることだ。こういう人たちが韓国の人に対する偏見の一因になっているのかもしれない。地下鉄用のパスモみたいなカード(T-Money)があり、これを使うと100ウォン割引になる。
旨いワイン

機内で飲んだ白ワインが旨かった。距離が短いので、映画を見ても見終わらずに着いてしまうのが欠点といえば欠点。考えてみれば、東京からの距離は759マイル。沖縄(984マイル)より近いのだ。
September 04, 2006
マカオ・タイパ戦記(6)-ドッグレース(2)
September 02, 2006
August 28, 2006
マカオ・タイパ戦記(4)-タイパ競馬あれこれ
タイパ競馬場の馬券の種類は基本的には香港と同じで、単勝、複勝、馬連、ワイド、三連単という各レース単位の馬券のほかに、複数のレースの1着馬を当てる馬券などが存在する。
馬券はマークカードの裏面に印刷されるので、裏を汚してはいけないということになっている。
賭け金は10ドル単位だが、行った時は知らなかったがパタカ用の売り場も別にあるようだ。
馬券はゲート入りしてスタート直前まで購入することができ、また、ギリギリに購入する人が多いようだ。
マカオカップ当日の番組だが、全14レース組まれていたがそのうち4レースはなんとドッグレース(カニドロームで実施されるものの場外)。競馬としては
1レース:5,6班1500m。11頭、6:45発走
3レース:4,5班1100m。12頭、7:15発走
4レース:5班1800m。12頭、7:40発走
5レース:6班1000m。11頭、8:05発走
6レース:オープン1500m(マカオカップ)。15頭、8:30発走
7レース:3,4班1400m。14頭、8:55発走
8レース:2班1100m。16頭、9:20発走
10レース:3,4班1400m。14頭、9:50発走
12レース:5,6班1500m。11頭、10:20発走
14レース:4,5班1100m。10頭、10:50発走
これにドッグレースが、
2レース:4班350m。7頭、7:00発走
9レース:1,2班510m。7頭、9:35発走
11レース:2班350m。7頭、10:05発走
13レース:3班510m。7頭、10:35発走
という形だったので、終わりのほうは大変忙しなかった。
August 24, 2006
マカオ・タイパ戦記(2)-マカオ・タイパ競馬場
マカオの競馬場は、マカオ半島の南にあるタイパ島にあります。現在半島とタイパ島は3本の橋で連絡しているので、行き来はかなり便利。

欧州系らしく、芝はかなりきれいに整備されている印象を受けます。

コースの特徴としては、内側のダートコースを普段調教に使用しており、そこへ行く芝コースの部分がダートになっているということでしょうか。すなわち、芝のレースでも距離によっては、ダート区間を横切る場合があるということです。レースの際に狭い方の通路には緑色の砂を撒いて一見わからなくしていました。




厩舎はコースに隣接しているようで、早朝から追いきりも行われていました。また、追いきり後の馬の引き回しを行うための場所もあり、クールダウン対策もとられているようです。
August 23, 2006
マカオ・タイパ戦記(1)-マカオ滞在中の注意事項
夏休みをとって、タイパに行ってきました。タイバ競馬場やマカオ・カニドロームのドッグレースの模様はおいおいレポートするとして、まずは、マカオ滞在に向けての一般的な注意事項の紹介から。
* マカオへの行き帰りについて~マカオは香港島からジェットホイルで行く人が多いようですが、香港空港からも直行便でマカオ行きのジェットホイルが出ています。これだと香港に入国せずに直接マカオ入国の形になるので、入国書類がマカオだけで済みます。特に帰りは飛行機代に含まれていた香港空港の使用料120ドルが戻ってくるのが魅力。ただ、本数が一日4本しかないのがネックで、マカオから香港空港に行くときは飛行機の出発時間と3時間以上の余裕が必要とされます。近々マカオ空港-関西空港の直行便が出るようで、それができればまっすぐマカオに行けることになり、かなり時間の節約になりそう。
* ツアーでなく、個人旅行で行く場合も、マカオのフェリーターミナルに各ホテルのシャトルバスが待っていて、それに乗ればホテルまで直行。そうでなくとも、市内を縦横に路線バスが走っていて、それに乗っていく方法もあり。ただ、路線バスは乗車区間でなく、バスの行き先によって運賃が異なるので、半島内だけ乗る場合は、半島内のみの路線にのらないと高い運賃を支払うはめに。ちなみに、半島内は2.5パタカ。タイパ行きは3.3パタカ。その先のコロアネ行きは5パタカ。
* マカオの通貨はパタカだが、「香港ドルが同率でそのまま通用する。」と旅のガイドブックに書いてある。しかし、香港の10ドルコインが使えない店があったり、競馬場やドッグレース場では逆に香港ドルしか使えないなど一様ではない。その競馬場でも、1ドル未満の細かい配当金はパタカの下の10アボスコインが出てきた。
* ホテルの両替のレートは悪いので、市中の銀行で両替した方が得。土日などで銀行が閉まっている場合、こういう手法があると知らせてくれた人がいる。すなわち、カジノで1000ドルのカジノチップをクレジットカードで購入(1040ドルくらいかかる)。それをチップの両替所に持って行って現金に両替する。ホテルではこちらの方法のほうがレートが良いらしい。(未経験)
* レートは日々変わるのでどうこう言うことは難しいが、日本の感覚でみると物価が安いんで、御大侭気分にひたれる。
* マカオにはチップの習慣はないが、カジノで勝った時はディーラーに祝儀を出すようです。(未経験)
* ホテル、カジノ、店、交通機関など親の仇と思うほど冷房が効いている。真夏でも長袖を一枚持っていった方がよい。
* 日本語はあまり通じないので、文句を言う時は筆談が便利。単に怒る場合は日本語で罵詈雑言を浴びせれば十分。
* 競馬場は20ドル出すと冷房完備のスタンド席に入場でき、ドッグレース場も10ドルで特別席に入場でき、中にはレストランがあり、一人30ドル以上使うことが条件になっているようだが、食事をしながら観戦できる。しかも、この席は予想紙が無料でついてくる。
June 07, 2006
「ウ゛ィシー政権」を読む
1940年から1944年までの間、フランスは事実上ナチスドイツの支配下におかれた。
この時存在したのがウ゛ィシー政権である。
この政府のことは、フランスでも語られることは少なくおそらく本書が我が国に紹介される初めての本格的な書物ということである。
ウ゛ィシー政権が成立したそもそもは、1940年6月にフランス首相に任命されたペタン元帥がただちにドイツとの休戦協定を締結したことに始まる。その際のドイツ側の条件は、フランスの北半分をドイツが占領すること、フランス軍の兵器・物資をドイツ軍に引き渡すこと、占領経費
はフランスが負担することなどであり、一方で占領地区を含むフランス全土の行政権は、フランス政府が持ち、植民地の権限も従来通りで主権国家として何等変更はなかったという。このため、占領地区ではない、フランス中部の小都市ウ゛ィシーに政府が設けられた。
ところが実際には、ドイツの干渉はしばしばあり、しかもその結果を自らの判断のように遂行したところに問題があった。
また、第三共和制を葬りさったにもかかわらず、その根幹たる憲法に変わる新憲法の制定を行わなかったことが、後に「クーデター」として断罪される一因となった。
もし、この時に新憲法を制定していれば状況は、今日の日本と同じであったのかもしれない。
しかしながら、この政権に対し英国を除く主要国は承認を与え、アメリカ、ソ連、バチカンは大使の任命すら行った。
この政権はナチへの協力、ユダヤ人排斥、議会制民主主義の否定等陰の部分が語られることが多いが、官僚万能主義、計画経済、中間管理職のみの労働組合の存在など今日のフランスにおいて連綿と続いている事もこの政権を嚆矢とするようだ。
結果的にナチスに汲みし、民衆を抑圧した罪は重いのかもしれないが、ペタン元帥の戦争早期終結の思い自体は間違っていたとは言えないのではないだろうか。
ドイツに迎合したとはいえ、枢軸国入りした訳ではなく、事実イタリアには強気に対応したようだし、日本の仏印進駐も阻止すべく努力したようだ。
しかし、情けないと思うのは一部知識人の行動である。ヴィシー政権時代にペタン元帥を賛美する論を張った人物が解放後はゴール将軍に対する賛辞を臆面もなく記しているそうだ。
(本書では、具体的氏名としてポール・クロデル、フランソワ・モリアック、ポール・ヴァレリの名を上げている)
なかなか読み甲斐のある本といえよう。
May 25, 2006
北海道遺産
「北海道遺産」というものがあるらしい。ネーミングは世界遺産のパクリであることは明らかだが、平成13年に第1回として25件、平成16年に第2回てして27件が指定されたそうだ。
その一つに指定されたのが「北海道の馬文化」である。
確かに北海道独自のレースであるばんえい競馬や日高のサラブレッド生産などは日本の中でも重要な位置を占めるものと言ってよいだろう。
他に実際小生が行ったことのあるものとしては、
「開拓使時代の洋風建築」〜これは、札幌の時計台などがそうらしく、思ったよりちっぽけで驚いたもんである。
「ニッカ余市蒸留所」〜ウイスキーを試飲した記憶がある。
「積丹半島」〜うまい寿司屋があった。
「スキーとニセコ」〜スキーに行った。
「路面電車」〜札幌の市電に乗ったが、コの字型の妙な路線という印象。
「アイヌ語地名」〜北海道の地名の八割はアイヌ語由来らしいが、富士山だってアイヌ語だと聞いたことがある。逆に千歳はもとはシコツといったのを死骨に通じ縁起悪いので縁起のよい千歳に変えた説があるそうだ。あとは、北広島とか新十津川のように開拓に来た人たちの出身地を
もとに付けた地名だろう。
「サケの文化」〜最初に北海道に行った時にカツ丼より親子丼の方が高いので思わずカツ丼を注文するという失態を演じてしまったがやはり北海道の代表的な食材だろう
「ラーメン」〜ラーメンはあまり食べないのだが、ススキノのラーメン横丁は高い上においしくない。ただ、場末に意外と美味い店がある
「ジンギスカン」〜これをたべながら生ビール飲むと最高。
指定されてない観光スポットは網走刑務所と旭山動物園くらいか。
こういう試みもおもしろいかもしれない。
May 11, 2006
競馬の代わりに乗馬
旅先では競馬はやってなかったのですが、代わりに乗馬にチャレンジしました。
至る所に乗馬クラブがあり、馬が牧草を食んでいました。
乗馬ツアーに参加し、いざ乗馬体験。
小生のお供となった「チープインパクト」号(嘘)
小生の体重に耐えられるのはサラでは辛いとみてか、おそらく中間種?
終了後もケロリとしているのは天皇賞後のディープ並み
蹄鉄の打ち直しを目の当りにするのも珍しい経験。
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February 08, 2006
旅の思ひ出
その1
以前仕事の関係の調査団の副団長として中国に行ったことがある。もっとも団長と秘書長以外は皆副団長だったのだが。中身はかなり真面目で向こうの関係者との会談や関係施設の視察がほとんどだった。
唯一例外となってしまったのがXianでここはバスに乗り込んできたガイドなる人物がみやげ物店ばかり案内し、またそこで誰も買わないものだから意地になって次々とみやげ物屋に連れて行こうとするので肝心の調査ができなくなって島った。
たまりかねて秘書長が抗議するとそのガイドは平然と「私にも生活がありますから。」とぬかしたらしい。
旅のアテンドをしたJ社がけちったのかそのガイドが強欲だったのか知らないが(おそらく後者だろう)、店からのキックバックに頼る業界の構図をかいま見た気がした。
その2
面白半分でかなり安いハワイツアーに参加したことがある。
ホノルル到着後説明会開催とのことで現地会社のオフィスに連れて行かれ説明会が始まった。中身はなんとオプショナルツアーとみやげ物販売の説明会であった。
ツアー料金が安いというのはこうした分で補えるから安いんだなぁと感じた。
で、説明会の時にどうしたかというとずっと寝ていた。全体の説明が終わった後で個別の商談に入る訳だがさすがに寝ている人間を叩き起こしてまではしなかった。
その3
先日、越後湯沢駅での出来事。
売り物の笹団子などが入った荷物を台車に乗せエスカレーターで上っていたオッサン。ふとした拍子に転倒し、笹団子を床中にぶちまけてしまった。オッサンそそくさと拾い集めると祖のまま売店の方へ運んでいった。あのまんま売ったんだろうか?
January 02, 2006
May 10, 2005
この果物は?
October 12, 2004
セザンヌの道(サント・ヴィクトワール山)
エクサンプロヴァンスの町に行ったおり、近郊にある「セザンヌの道」を歩いてみました。文字通り、この地生まれたセザンヌがスケッチなどをした所のようで、道の途中にサント・ヴィクトワール山がきれいに見える場所がありました。おそらく、彼もここでスケッチをしたのではと思い、写真に撮ってきました。
その後、銀座のブリヂストン美術館にもサント・ヴィクトワール山をモチーフにした絵があると聞き見に行きました。ブリヂストン美術館の絵(http://www.bridgestone-museum.gr.jp/expositions/b.html )は「サント・ヴィクトワール山とシャトーノワール」という題で、山の手前にシャトーノワールが描かれていますが、実際は山と城がこの構図で見えるような場所は見当たらず、どうも作者のフィクションのような気がします。




































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